松枯れのしくみ (1)
Q1: 松はどうして枯れるんですか?
Q2: 松くい虫はどんな松につきやすいのですか?
Q3: 松くい虫だけが松枯れの原因ですか?
A1:松くい虫がマツを枯らすしくみ
外国からやってきたマツノザイセンチュウが日本にいたマツノマダラカミキリと仲良くなって,カミキリの体の中に入り,他のマツまで運んでもらうようになりました。カミキリは線虫が体の中に入っても死ぬことはありません。そして,カミキリが若い枝をかじる時に,カミキリの体の中(気門という呼吸する穴)から線虫が出てきて,枝のかみ傷からマツの体の中に入ってしまいます。マツの体の中に入った線虫はどんどん増えて,木を枯らしてしまいます。そうするとカミキリが卵を産むことができるようになります。(元気なマツに卵を産んでも,卵が松ヤニに巻かれて死んでしまう)。
このように,マツノマダラカミキリとマツノザイセンチュウが一緒になると,材線虫病という恐ろしい病気を広げて,どんどんマツを枯らしてしまうのです。
では,マツノザイセンチュウがマツの体内で増えるとマツが枯れるのはなぜでしょうか?簡単に言うと,マツの幹の中を流れている水が止まってしまうからです。マツの幹には仮道管という細い管がたくさんあって,根が吸い上げた水を葉に送る働きをしています。マツの体の中でマツノザイセンチュウが増えるとこの仮道管がつまってしまって,葉は急に水不足になります。それで,マツの葉が急に赤く変色し,枯れてしまうのです。
⇒ マツノザイセンチュウがいないときは
後食中のマツノマダラカミキリ,マツノザイセンチュウはカミキリの
体内から外へ出て,この傷からマツの体の中に入る
A2: 日本のマツでは,葉が2本のアカマツ,クロマツ,リュウキュウマツが弱いです
◎マツの種類とマツノザイセンチュウに対する抵抗性
大変弱い種類
クロマツ,リュウキュウマツ,チョウセンゴヨウ (日本)
ヨーロッパアカマツ,ヨーロッパクロマツ,フランスカイガンショウ,ムゴマツ (ヨーロッパ)
少し強い種類
アカマツ,ヒメコマツ (日本)
ラジアータマツ,ポンデローサマツ,モンチコラマツ (ヨーロッパ)
かなり強い
タイワンクロマツ,マンシュウクロマツ,ヒマラヤゴヨウ (アジア)
スラッシュマツ,リギダマツ,コントルタマツ (アメリカ,ヨーロッパ)
大変強い
ストローブマツ,テーダマツ,ダイオウマツ,バンクスマツ,プンゲンスマツ (アメリカ)
ハクショウ,タイワンアカマツ (アジア)
A3: いいえ,マツが枯れる原因はたくさんあります
でも,松くい虫(マツの材線虫病)ほど恐ろしい原因はありません。マツノザイセンチュウがマツを枯らすと,マツノマダラカミキリが卵を産める木が増えるので,マツノマダラカミキリが増えます。増えたマツノマダラカミキリは元気の良いマツの枝をかじり,マツノザイセンチュウがマツの木の中に入るのを助けます。そうして,元気の良いマツがどんどん枯れていく,伝染病だからです。
松くい虫以外でマツが枯れる原因にはつぎのようなものがあります (=>ちょっと詳しく)
1.競争で自然に枯れる
どんな植物も同じですが,タネから芽生えたときは数が多く,大きくなるにつれて全体の数が減ってきます。マツの場合,自然に芽生えができるような場所では1平方メートルあたり数本から百本以上も生えます。一つ一つの木が大きくなると,必要な養分や太陽の光も多くなります。ところが,養分や光は土地の面積あたりで決まっていますから,数を減らさないと一本一本の木に必要な量になりません。そのため,養分や光の取り合いなって,競争に負けた木は枯れてしまいます。こうして,林の中には枯れた木が毎年必ずできます。マツノマダラカミキリなどの昆虫はこうしてできた枯れ木を食べて生きてきたのです。
2.他の病気や虫害で枯れる
マツを枯らす病気はマツの材線虫病のほかにもたくさんあります。中でも,海岸のマツ林で集団枯れを引き起こすつちくらげ病は怖い病気です。青森県のアカマツ林ではならたけ病で集団枯れが発生しました。害虫ではマツケムシが大発生してマツの葉を全部食べてしまい,マツを枯らすことがありましたが最近ではほとんど見られません。
3.土が原因で枯れる
庭木や公園などで,マツの木の根元が踏み固められているのを見たことがありませんか?樹木が根から水分や養分を吸うためには,土が柔らかくて,ほどよい湿り気と空気を含んでいることが必要です。踏み固められたり,水が多すぎると空気が無くなり,根が呼吸できないので枯れてしまいます。また,夏に1か月以上も雨が降らない異常気象の年には,乾燥に強いはずのマツでも枯れてしまうことがあります。
4.空気の汚れが原因で枯れる
今から30年くらい前,日本の工業地帯ではたくさんの工場から有毒な煙を出していた時期があります。その頃には,工場の近くの樹木が枯れたり,ぜんそくなどの病気になる人が多かったのです。そのため,大気汚染防止法という法律ができて,人間や生物に害のある物質を煙突から出すことが厳しく禁じられるようになりました。環境庁(現在の環境省)ができたのもこのためです。法律によって,工場から出る煙はずいぶんきれいになって,木が枯れるということはなくなりました。でも,四国にはまだいやな臭いを出している工場があるようです。
広島県宮島のマツ枯れは,大竹・岩国工業地帯に近い大野の瀬戸の近くから始まり,全島に広がった(1970年)
自動車からでてくる排気ガスについても,1台あたりの有害ガスの量は減りましたが,自動車の数が増えているので,道路沿いの空気はきれいになっていません。排気ガスに太陽の光(日焼けの元になる紫外線)があたってできる光化学オキシダントは,人間の粘膜(目やのどの中など,ぬれているところ)に強い刺激を与え,樹木の葉を落としたり,アサガオの葉の葉緑体をこわすなど,悪さをします。また,ディーゼルエンジンから出るススが葉の表面に着いて気孔をふさぎ,光合成を妨害するので,弱ります。しかし,マツの木が枯れるほどひどい状況は見つかっていません。同じ数のマツノザイセンチュウを接種して,二酸化硫黄ガスでくん煙した実験では,ガスで弱らせた方に枯れた本数が多いという結果がでています。しかし,現在の日本の大気汚染では,マツの弱り方がわずかで,マツノザイセンチュウの増える速さに影響があっても,ほんのわずかといえます。
なお,大気汚染や酸性雨が問題とならない離島の例では,マツノザイセンチュウが侵入した小笠原諸島ではリュウキュウマツがほとんど枯れてしまいました。南西諸島も同じようにマツノザイセンチュウが侵入した島ではリュウキュウマツが枯れていますが,侵入していない西表島や徳之島では集団枯れがありません。
ちょっと詳しく
マツの枯れる原因について,異なる意見では,「虫因説」と「××原因説」を比較することがよくあるようです。ところが,「虫因説」というのは,森林保護研究者や行政担当者の間にはもともと存在していないのです。
マツノザイセンチュウが発見される以前から,マツノマダラカミキリなど,マツに寄生する昆虫が健全なマツを枯らすことはないというのは常識になっていました。その一方,これらの害虫を減らすとマツ枯れが少なくなるという事実も知られていました。だから,マツ枯れの本当の原因について,多くの研究者が悩んでいたのです。マツノザイセンチュウの発見によって難しかったパズルが解けたのです。ところが,材線虫病と言いかえる人は少なく,マツ枯れのことを「松くい虫」と呼ぶ習慣はそのまま残りました。そのため,事情をよく知らない人には,害虫が原因であると言っているように聞こえましたから,かん違いが生じたようです。
(マツとマツ枯れに関する質問と回答の目次へ)